セックスしたい女

僕の学生時代のあだ名は「エロスケベ」だった。身も蓋も何のひねりもないストレートなネーミングだ。
そう呼ばれるようになったきっかけを改めて思い出してみたのだが、クラスの女子に「カンチョー!」とやったことだ。ふざけていてカンチョーのふりだけだったのだが、運悪く見事にスカート越しにおケツの割れ目に刺さってしまい「何すんのよ!このエロスケベ!」とクラスメイトの面前で罵倒されたことに由来するものだ。
それ以来、男子からも女子からも「エロスケベ」と呼ばれるようになった。先生たちも僕のそんなニックネームを熟知しており「じゃあエロスケベ。この問題を解いてみろ」などと悪ノリするような、そんな緩い空気の高校だった。
一歩間違えばわいせつ行為ではあったわけだが、こうして笑いの方向へと転じてくれたことは僕にとってもありがたい事であり、僕も今に通じる明るいエロスケベキャラを確立できたとも言える。
セックスをする処女
出会い系サイトでも「学生の頃はエロスケベと呼ばれていた」みたいな話をすると、結構女の子にウケたりもする。そして、オフパコ成功確率も格段に上がっているから侮れない。
セックスしたい女は、もちろん純粋に自分の性欲を満たしたい官能派もいるのだろうが、大多数はコミュニケーションの延長だと捉えている。楽しくなければコミュニケーションではない。エロスケベと言うネーミングと、出会った女の子に遠慮なく「カンチョー!」とやる僕のキャラが、楽しいコミュニケーションを望むセックスしたい女の心を捉えて離さないのだと思う。
ちなみに、僕に「エロスケベ」の称号を与えてくれたクラスメイトのカンチョー女子には、学生時代の3年間、ずっと白い目で見られていた。
だが、その10年後に同窓会で出会った時に「びっくりして恥ずかしかったんだけどさ、ずっとあの感触忘れられなかったんだよね」とカミングアウトされた。
あんなことをしてくる男とはその後出会えなかったという(当たり前ではあるが)。そして、周りのリクエストに応えて10年越しに「エロスケベ」として彼女に「カンチョー!」をやった。そのおケツの感触は10年前の記憶の中のケツと全く変わりなかった。
そんな彼女が、今の僕の嫁です。
神待ち掲示板
神待ち少女

出会い系アプリ

熟年離婚と言うには若いのかもしれないが、私が妻と別れたのは50を過ぎた頃だった。
妻と結婚した20代の頃は、彼女と一生を添い遂げるつもりだったが、体質的なものなのか子供ができず、結論としては子がかすがいにならなかったと言うべきだろう。
お互いに別の人生もあるんじゃないか?とお互いを縛り付けていた夫婦と言う関係を円満に解消したのである。
私は結婚生活の間は他の女性に見向きもせず、妻だけを愛してきた。40過ぎてもなお性生活があったのだから肉体的にも絶好のパートナーだったと思っている。だからこのまま黙って妻と老後を過ごす方がベストだったのではないかとも思うが、ある程度人生の先が見えて「まだやり残したことがあるのでは?」と欲が出たのである。
肉欲は無限の魅力だ。他の女性も抱いてみたいと考えた時に妻の存在がネックだった。しかし、それも解消したのだ。残った人生はフリーに楽しみたい。
そこで私は出会い系アプリで出会いを求めてみた。再婚などは全く考えていない。セックスのためと割り切って一晩だけの交際をしてくれる相手を欲した。
らくがきライブ
最初は若い人たちが使う出会い系アプリでこんなオヤジの相手をしてくれる女性がいるのかどうかと半信半疑であった。こちらが見向きもしなかったとはいえ、結婚生活中に全く浮気の種がなかったことから、男性としての自分の魅力には疑問を感じていたからだ。
実際のところ、若い女性には相手にされなかった。何度か会えたことは会えたが、いずれもお金が目的の売春婦のような女たちだった。お金でも払わなければ私のようなオヤジと寝る女なんていないのかな、と寂しく感じたものだ。
ところが「同年代の男性を希望しています」と言うバツイチの女性が現れたのだ。年齢検索をしてちょうど私とマッチしたらしい。やはり、相応の年齢の相手では無いと心と心はつながれないのかと思って、その女性と会うことにした。
そして、そこには元妻がいた。妻も私と別れて出会い系アプリに男性との出会いを求めていたらしい。待ち合わせ場所でお互いの顔を見合わせて何だか笑えてしまった。
私たちは収まるべきところに収まるべきなのかな?と、今は籍も入れずにまるで恋人同士のように元妻との逢瀬を楽しんでいる。
援デリ業者
ただまん

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